豊後服装lab.コラム

お菓子にそっと想いを込めて、甘くて優しい記憶を残す

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華やかな見た目と繊細な味わいのスイーツを生み出すパティシエの赤嶺 将隆さん。18歳で地元大分を離れ、東京や名古屋の有名洋菓子店での修行に励み、2015年に大分市に『Gâteaux Lab Linclock(ガトー ラボ リンクロック)』をオープン。
生まれ育った地元大分県を拠点に選んだ彼が、パティシエとして大切にしていることやお店に込めた想い、そしてライフスタイルについて語る。

パティシエを目指した少年時代と
夢を叶えた有名店での修行の日々

子どもの頃、母の帰宅が遅かったので、姉がごはんまでの間にお菓子を作ってくれていたのがきっかけで、僕も真似してお菓子を作るようになりました。家族って甘いから、僕が作ったお菓子を「美味しい!美味しい!」って食べてくれていたんですよ(笑)。そこからケーキ屋さんになりたいという気持ちをずっと持っていましたね。

高校3年生の夏休みに入って野球部を引退したあと、三者面談で初めてパティシエになりたいと伝え、進学先を大阪・あべの辻製菓専門学校に決めました。冬休みから、学校に行く途中にあった街場のケーキ屋さん「はちみつ菓子工房くにみ」で研修をしてもらえるよう学校に掛け合って、卒業までの約3ヵ月間お店で働かせてもらえることになりました。

その期間で若林シェフに仕事の楽しさを教えていただいていたから、専門学校に入ったとき、“そこそこできる部類” に入れていたんですよ。だから在学中に大きな挫折を味わうこともなく、楽しく学べたのは若林シェフのおかげだと思っています。授業を通して、フランス、ドイツ、スペインなど、世界各国にそれぞれの国のお菓子があるんだということを学び、広い知識をたくさん吸収することができました。自分の中では、ちょっとしか開かない引き出しのイメージなんですが、その引き出しをたくさん持っていることが、今も武器になっていると思うことがあります。

在学中、就職活動をしようと思った当時の僕の目標は「すごいパティシエになる」ことでした。特に忙しいお店で働きたいと思っていたので、東京の中でも大人気だった「ル・パティシエ・タカギ」に連絡をして、高木康政氏のもとで働くことになりました。この3年間で調理場での実践的な動き方や、各セクションでの仕事、そして店舗でどんな商品を作り、どう売っていくのか、という経営的な面など、基礎となる部分をしっかりと学ばせていただきましたね。

その後、自由が丘にある辻口博啓氏の洋菓子店「モンサンクレール」でショーケースの中にピシッと並んだ、繊細で綺麗なケーキを見て、自分もこんなケーキを作りたいなと思い転職を決めました。当時はまだ若かったので、決して舌が肥えているわけではないんですけど、辻口さんのお店のケーキを食べて、シンプルに美味しいと思えたのが自分の中での大きな決め手でした。あれほど人気のお店となると、シェフ一人だけの能力ではお店は回りません。きちんとコントロールされた環境の中で、素晴らしい人が働いているんだろうなということも感じられ、ここで学びたいという気持ちが大きくなりました。ちょうどその頃、辻口さんの新しいお店が名古屋にオープンしたばかりで、人を募集していると聞いて面接を受けました。

入社後は、パイを折ったり、クッキーを作ったりする、小麦粉を使ったセクションを1年担当したあと、チョコレートを担当するチーフショコラティエや、焼き場を担うオーブンチーフに就任し、より専門的なスキルを磨きました。ここでの経験は今の自分の財産になっていますね。その後、熊本の『ボンボン シュシュー』でスーシェフを務めたあと、2015年に独立して「ガトー ラボ リンクロック」をオープンします。今お店に並んでいる商品すべてに、それを形作る歴史とルーツがあって、今まで学んだことすべてが自分の強みになっていると感じます。

“時と世代と人を繋ぐ” 場所
「リンクロック」に込めた想い

大分でお店を開くというのは、大分を出る前から決めていました。東京のお店に勤めていたときに、「都会って人との繋がりが希薄だな」と感じることがあって。僕は大分を離れるまで、家族はもちろん地域の人に育ててもらったという感覚がありました。学校に行く途中も誰かに会うと挨拶してくれるし、帰るときにはおかえりと言って迎えてくれる。それが当たり前の中で生きていたので、寂しさを感じていました。

だから大分に帰ってきて自分のお店を開く時に、ケーキとはどういう存在なのかということを考えました。自分が作るケーキで、人と人との繋がりを感じてもらえるきっかけやお店づくりをしていきたいという想いが軸にあります。ケーキは嗜好品ですが、日常的に食べることもあれば、誰かのお祝い事にも食べるものだからこそ、お菓子を通して誰かの幸せのきっかけになれるといいなって。お店の名前「リンクロック」は、時と世代と人を繋ぐ、リンクとクロックを掛け合わせた造語です。

僕の人生は人に恵まれて、ここまでたどり着けました。そのありがたさをいつも感じているからこそ、「リンクロック」という名前のように、人との繋がりや時間を大切に、思いやりをもって接することができるパティシエでありたいと思っています。最近では、地域貢献の取り組みとして、夏休みにお子さん向けのワークショップを開催しています。次の世代の子どもたちが、新しいことにちょっとずつ目を向け、何か体験をするお手伝いをしたいと考えています。ワークショップでの経験を通じて、何かを感じ取ってくれたり、お店にケーキを買いにきてくれたり、そして僕のようにケーキ屋さんになりたいと思ってくれる人がいたらとても嬉しいですね。

ファッションは仕事とプライベート、
パティシエと経営者を切り替えるスイッチ

お店の夏休みと冬休みの期間には、リフレッシュをするために海外旅行に出かけるようにしています。アジアによく行くんですけど、アジアに行くと生きているという感じがするんですよね。日本ってもう十分なほどに物が溢れているから、生きることを含めて、欲に対して希薄になっているような気がしていて。アジアに行くとそこの部分が刺激されて、自分に足りないものを知ったり、また必死に頭を使って頑張らないといけないと感じたりと、海外に行くことがいいモチベーションに繋がっています。

旅行に行く時は旅先の国に合わせたファッションをしますね。アジアの場合は、基本的に半袖と短パンですけど(笑)。普段はシーズンごとにアイテムを買い足すようにしていて、お店の近くにあるパークプレイスやアミュプラザで買い物をします。GLOBAL WORK などの綺麗めカジュアルなブランドが好きですね。もともとスポーツをしていたので、動きやすい服装が好みで、お店の制服も動きやすさをもとめてセレクトしました。各スタイルが、それぞれのモードのスイッチになっています。

あとは立ち姿がかっこいい人に憧れますね。美しい姿勢でいることで着ているものをより綺麗な形で着こなすことができると思うんです。僕はファッションを楽しむというよりも、見られる側として恥ずかしくない格好をするように心がけています。社長でもあるので、周りの目も意識しないといけないなって。あまり猫背の社長って見ないじゃないですか。やっぱり見られていることを意識していると背筋が伸びるし、変な格好はできない。年を重ねるにつれて、フォーマルながら遊び心のある着こなしをされている方を素敵だなと思うようになりました。

ショコラティエのセンス溢れる
リンクロックのショコラケース

リンクロックでは、フレッシュなフルーツを使ったタルトなどが人気です。お客様からは、「リンクロックのケーキは甘さが控えめで、すごくいいよね」って言っていただけることが多く、甘くないものが好まれる傾向は、僕にとって意外な発見でした。今回2月1日~14日まで開催されるアミュプラザでのバレンタインPOP-UP には、食べやすさや渡しやすさをコンセプトに考えた「ティグレ」というお菓子をご用意しました。チョコレートだけではなく、少しスポンジを使った焼き菓子です。

今回は「ティグレ」のみの販売になりますが、POP-UP をきっかけに新しいお客様にリンクロックを知っていただけると嬉しいですね。チョコレートはお求めやすい価格のものから高価なものまで様々ありますが、安いから美味しくないわけではないですし、高いから特別美味しいというわけではありません。そこに左右されないチョコレートを作るのが、ショコラティエの味覚のセンスや技術力だと思っています。大分ではショコラケースを置いているお店は指折るくらいしかないと思うので、ぜひ一度リンクロックのショコラケースを覗きにお店に遊びにいらしてください。

 

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赤嶺 将隆 MASATAKA AKAMINE