豊後服装lab.コラム

オーダーメイドとリアルクローズ、日本と海外。境界線を超えていく。

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海外で何か面白いことをやって話題になって、それが逆輸入的にこっちで話題になってという流れを狙ってやっていました。

–とてもお若い時にファッションブランドを立ち上げられていますが、学生の頃からファッションの世界へまっしぐらという感じでしたか?

いえいえ全くです。もともとは英語の教員免許を取るために大学に通ってまして、卒業後は語学力の向上も兼ねつつチャイルドケアの仕事に就くためにニューヨークに行ったのですが、創業パートナーでもあるデザイナーの中村とは、大学時代から将来は二人でファッションブランドを立ち上げようという話しを既にしていたので、ニューヨークに行っている間に必要な業界の勉強をしておこうとFIT(ニューヨーク州ファッション工科大学)でファッションビジネスとファッションショーを学んだのが、この世界にきちんと足を踏み入れた最初です。なのでずっとファッションのための勉強をしてきたというわけではないですね。

–ではファッションブランドを立ち上げるという想いは何がきっかけだったのでしょうか。

もともと中村とは小学校の同級生だったんですが、それ以降はバラバラで。ただ私が大学生の時に学園祭でファッションショーをすることになって、当時中村が東京でファッションデザイナーを目指して頑張っていることを知っていたので、だったら一緒にファッションショーをしようと声をかけたんです。そしたらそれがとても楽しくて、大学を卒業する頃には、将来二人でブランドをやりたいねっていう話しをするようになっていったという感じでしょうか。あと、私の父が私たちのショーを観て「二人でファッションの会社を起業したらいいんじゃない?」と言ってきたんですね。それを聞いて、それまで起業マインドがあったわけではなかったのですが、それも面白いかもなぁと考えるようになったというのが本当のきっかけかもしれません。

–なるほど。しかし日本のファッション業界での職務経験がないなかでのいきなりの起業、いかにしてファーストチャンスを掴んだのでしょうか。

それが思いの外早くチャンスがまわってきて。デザイナーの中村が大学を卒業した後にバンタンデザイン研究所で本格的に服飾の勉強をしていたのですが、そこを優秀な成績で卒業したこともあって、バンタン経由でいきなりパリコレへの出展のチャンスが来たんです。そんなチャンスなかなかないことなので、これはうまく活かさなきゃと、パリコレの展示以外にもパリの路上で独自のショーを実施したんです。そしたらそれが話題となって、帰国後に注目していただけるようになりました。

–ニューヨークでも地下鉄でゲリラ的にショーを行ったりと、話題作りを上手にチャンスにつなげられている印象がありますが、それは意図してやっているのですか?

そうですね。当時は経験もありませんから、良い意味で怖いものがよくわかっていなかったんでしょうね。だからこそできた仕掛けでもありました。海外で何か面白いことをやって話題になって、それが逆輸入的にこっちで話題になってという流れを正直狙ってやっていたのは間違いないです。ただ、だからといって直接その話題が売り上げに直結したってこともなかったですが。

–ちなみにクオンタイズはリアルクローズではなくオーダーメイドのドレスブランドとしてスタートしてますが、それはなぜでしょうか。

リアルクローズって大量生産する必要があるので、どうしても潤沢な資金が必要なんですよ。でももちろん最初から私たちにそんな資金があるわけないですし、資金だけじゃなくて工場だったり、様々な環境が整ってないなかでスタートするにはオーダーメイドというスタートは必然だった気もします。ですが、それだけではなくて、デザイナーの中村のデザインに対する考えだったりというのも含めて、私たちにとってはオーダーメイドというスタイルが合っていたのかなとは思います。

–最近では話題になったストッキングなど、リアルクローズ寄りの手に取りやすいアイテムも増えてきましたね。

そうですね。顧客とクオンタイズとの接点を増やすという意味でそういった取り組みも始めています。それに、完全オーダーメイドにして「さぁ生地からデザインから好きにオーダーしてください」って言っても、みなさんそんなに具体的なイメージがある方なんてなかなかいないので、私たちからコレクションとしてデザインの方向性はある程度見せるということはオーダーメイドブランドとしても必要で。なのでオーダーとリアルクローズの境界線みたいなもの自体、私たちに限らず最近は少しづつグラデーション化してきたのかと思っています。

–川野さんのSNSなどを拝見していると、拠点の福岡や東京はもちろん、最近は海外へのアクションも多く感じるのですが、海外への展望などは考えられているのですか?

そうですね。私の主人が台湾でも仕事をしていることもあって、プライベートでも台湾へよく行くようになって強く感じるようになったのは、アジアのファッションの勢いのすごさなんですよ。日本負けてるよって思うくらい。親日派でファッションも似ていると言われている台湾でも、日本に比べてとても先鋭的なんです。それに台湾は東アジアの真ん中にあるので、どこに行くにもアクセスがよくて様々な文化が混ざっていることもあって、街自体がとても刺激的なんですね。だから海外への、というよりはまずはアジアへ向けては今後強く意識していきたいなと考えています。

–アジアへの展開もとても楽しみですが、これからのクオンタイズはどのようなサプライズを見せてくれるのでしょうか?

ブランド設立12年という節目で、創業者であるデザイナーが子育てを機に退社しました。クォンタイズ史上一番のサプライズだったんですが、それからすぐに新しいクリエイティブディレクターが仲間入りし、スタッフも増え、会社の体制も整え直しました。令和もスタートし、会社に新しい風が吹き環境がとてもかわりました。今まで以上に視野を広げ、今はとある海外のミシュランを獲得した高級飲食店の制服デザイン制作や、アパレル企業の商品デザインなどなど請け負っています。今までクォンタイズで積み重ねてきた実績と信頼、人とのご縁に助けてもらいながら自社ブランドの成長だけでなく、他社のサポートもできるような新しい展開を行っています。今後はもっとファッションを通してライフスタイルを提案できるようなビジネスモデルを設計しています。

–川野さんが思うおしゃれな人というのはどんな人ですか?

ファッションが、というよりも、最近はSNSでその人の人柄というか、ライフスタイルがとてもよく伝わってくるじゃないですか。なので結構その全体を見ちゃうんですよ。ファッションかわいいなかっこいいなだけでなくて、写真うまいなとか、写ってる小物やインテリアがセンスいいなとか。そういうのって結局見せ方ひとつだったりすると思うんですけど、その「見せ方のうまい人」ってすごくおしゃれだなって思います。職業柄そういうところに目がいってしまうのかもしれません。

–川野さんのファッションのこだわりを聞かせてください。

私は公の場に出るときは必ずハットをかぶるようにしています。それは単純な印象操作のようなもので、そうすることによって”ハットの人”と言った感じで覚えてもらえることが今までも多かったです。一度ある出張で大事な帽子を忘れて出かけてしまったことがありました。その日に新聞社の取材があったのですが、百貨店で似たようなハットを購入したほど、、、。スタイルは大事にしています。人って人のことを8割はヘアスタイルで覚えているといいますから、印象づけのために芸能人がヘアスタイルをなかなか変えないのもとても共感できます。あとは、当然クオンタイズのアイテムを着用するようにしているので、ゆるめのカジュアルで過ごすということはほぼなく、ほとんど毎日オンコーデのスタイルが多いです。

川野 季春 KIHARU KAWANO

㈱Quantize 代表取締役。久留米大学文学部国際文化学科卒業。英語の教員免許を取得し、大学卒業後、単身ニューヨークへ。幼稚園などのチャイルドケアの仕事で働きながら、ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)でファッションビジネス、ファッションショー運営を学ぶ。大学時代から続けていたファッションショーの企画運営が評価され、NYコレクションバックステージチームに所属。帰国後、美容専門学校教員を経験。その後2006年にオートクチュールドレスブランド「Quantize」を設立。ウエディングドレスやアーティストの衣装制作を中心に、企業の制服、イベントやショーの企画・運営も手がける。得意の語学と海外での経験を活かした海外ビジネスアテンドやサポートなど幅広い分野で活動している。